NPO法人 しまだ環境ひろば 「事務局」 です。
しまだ環境ひろばの20年前の資料やデータを紐解くと、市民活動は今よりづっと自立していたように思える。
もっと自分たちで現状の問題点を探り、課題を見つけて、市民に呼び掛けて参加を促し、そして実行していたと思えます。
嘗ての広報しまだの「掲示板」は、市民活動団体の独自企画による勉強会・研修会・体験会・見学会等々の案内で埋まっていました。
筆者も、しまだ環境ひろば・水とみどり分科会が企画し主催した、「しまだの里山見学」とか「大井川用水路めぐり」等の案内の、広報しまだ掲示板のスペースを確保するのに非常に苦労した記憶が蘇ります。
そのくらい嘗ての島田市の市民活動団体は競い合い、切磋琢磨していました。
筆者が、しまだ環境ひろばに入会した当時の役員クラスは、恐らく元会社でも相当な実力者であったのではないか、と思うような人材がうようよし、活動の企画を担っていました。
それが今はどうでしょう。
ボランティアの市民活動団体が企画したと思える案内記事は、全く見当たらなくなりました。
一頃、市の企画課が管理していた市民活動団体は、100団体位はあったと思う。
それらの団体を、プラザおおるりに一堂に集め、立ったままの集いを開き交流したのを思い出しますが、今は市民活動団体が一堂に会する機会はありません。
ボランティアの市民活動団体の数が減ったこともありますが、世の中が変わってしまったのかも知れない。
20年前、世の中には60歳・65歳代のまだ元気な老人が、定年退職で否応なしに社会に放り出されました。
その一部が、ボランティアの市民活動団体に雪崩れ込んだと思います。
市民活動団体は、企業戦士と言われた元気な退職者の格好な受入れ場所になったと思われます。
筆者自身も、もう二度と宮仕えはしたくないと、しまだ環境ひろばの水とみどり分科会に入会した記憶があります。
そこには、同じような境遇の老人がたくさんおり、大変心地よかった思いがあります。
今、島田市には「NPO法人」が27団体程存在しますが、ボランティア団体と思われる嘗ての市民団体は殆んどなく、福祉・医療・介護など事業化を基盤とした市民活動団体で、広い意味の会社です。
この間、行政による市民サービスも大きく拡大しました。
全国の自治体も同じ傾向ですが、行政による行事やイベントで埋まっています。
これだけ行政の企画によるイベントが多ければ、ボランティアの市民活動団体の催しなど要らなくなりました。
しかし、ここまで充実した行政サービスは、単なる勉強会や見学会ばかりではなく、あらゆる行政サービスを肥大化して、それが財政逼迫化の要因でもあります。
何でも行政がやってくれる、指示待ち市民の増大も、市民活動団体の減少の一つの要因かも知れない。
人口減少時代!、選択と集中、効率化が叫ばれ始めました。
「川ざらいは市役所の仕事ではないか、なぜ市民にやらせるのだ」と当然のごとく主張する市民もいるが、甘やかしすぎたのかも知れない。
市民でできることはなるべく市民でやる。市民の自助・自立、当事者意識のある市民づくりがまたやって来たのかも知れない。