「ない」 を 「ある」 という発想への転換

NPO法人 しまだ環境ひろば 「事務局」 です。


昨日 (9月29日 月) の、臨時国会初日、安倍首相の所信表明のおわりに、三河の稲橋村に生まれた、明治時代の農業指導者 古橋源五郎を取り上げて貧しいけれど、天は、村の水郷には魚や塩、平野には穀物や野菜、山にはたくさんの樹木を与えてくれた。


そう確信した、古橋源五郎は、植林、養蚕、茶の栽培など土地にあった産業を新たに振興し、稲橋村を豊かな村へと発展させることに成功したことを、安倍首相は強調しました。


そうして、地方の豊かな個性を生かして日本の中に眠るありとあらゆる可能性を開花させることでまだまだ成長できる。 日本の未来は、今、何をなすかにかかっています。 と所信表明を締めくくりました。


先日、日経新聞コラムに掲載された、「地方にあふれる資産」 という記事を本欄で紹介しました。


香川県三豊市が、「燃えるごみ」 の全量を再資源化し、三豊市から ”ごみ” という文字を消してしまう条例まで制定すると言うものでした。


更に記事は、過疎地には、様々なものがない、と考えがちだが、逆にある、と発想を転換すれば、人が住んでい 「ない」 のではなく、 ”使える空き家がたくさん 「ある」 ”  森林しか 「ない」 のではなく、 ”手づかずの森林資源が豊富に 「ある」 ” となる。


地方には資産はあふれ、”ごみ” などない、と考えると、昨日まで目にしていた風景が全く違ってみえるかもしれない。 と記事は言っています。


島田市に目を転じてみると、田んぼも、畑も、森林も、竹林も、水も、空きやも、ごみも、地方鉄道も、名所旧跡など観光地もいっぱいある。


知恵を出し、それを設計し、組み立てて実現する手法 (方針の出し方・人材の使い方など) を間違えていないか。