手段を目的化してはならない!

NPO法人 しまだ環境ひろば 「事務局」 です。

 

一年の計は元旦にあり、反省は暮れ(晦日・大晦日)にあり。

 

28日の早朝のNHKラジオ第一で、某中学校のK校長さんが、義務教育の世界でも目的と手段を履き違えていると指摘していました。

 

義務教育の目的は、生徒たちが社会に出て充実して過ごせるような力を育み自立することであり、そのために手段として学力の向上があり、宿題があり、テストがある。

 

学力の向上が目的化して、たくさんの宿題を出し、一回の期末テストの結果で学力を評価をしている。

 

児童の自由時間もないたくさんの宿題は、簡単な宿題から片付け、考えを要する宿題は後に回され結局消化不良のまま置き去りにされる。

 

テストで間違えた箇所は、未だ習得していない証明である。

 

もう一回テストに挑戦させ、二回目のテスト結果で評価するようにしたら学力は上がった。

 

なぜならば、生徒たちは間違えた部分を勉強をし直し、二回目のテストに挑戦し直したからだ。

 

また宿題を一切出さなくしたら、生徒たちは宿題に左右されることなく、勉強に、遊びに時間を有意義に使い出し、学力も上がって来たという。

 

宿題もテストも手段である筈がいつの間にか目的化し、本来の目的を忘れている。

 

一昨日、障がい者福祉事業を立ち上げたNPO法人役員のTさんと話し合う機会に恵まれました。

 

その中で、自分たちは社会的に恵まれない障がいを負った人たちの幸せと自立支援を目的に団体を立ち上げたが、今の人達(若い職員)は、給与を得る場所として捉えていると嘆いていましたが、ここでも目的と手段の履き違えが見られると感じました。

 

翻って、しまだ環境ひろばの設立目的は、環境諸問題を地域から解決していくため、島田市の望ましい環境像の実現をするための活動を行い、ひいては地球環境の改善に寄与することを目的とする。としています。

 

市民・事業者・行政と連携・協働して、「豊かな水を活かしみどりあふれるまち」「ごみのないまち」「自然エネルギーいっぱいのまち」「健康な食文化を育むまち」「一人ひとりの主体的な取組みとパートナーシップのまち」をつくる理想はどこに行ってしまったんだろうか。

 

やっていることは「手段」ばかりで、手段(イベント・行事)を目的化しています。

 

家庭から出る生活ごみは10年前と変わらない。

 

周辺自治体と比べて、一人当り年間ごみの排出量は1.3倍であり、全国自治体ランキングでも100位を大きく下回り、「ごみのないまち」には程遠い。

 

従って、活動しても達成感、満足感、やりがいが全くない。

 

市民活動団体も、事業者も、行政も目的を目標化し、手段を講じて活動はしていますが、そこにノルマも責任もなく、最近はPDCAもおざなりだ。

 

産業界の目的は営利と社会貢献ですが、責任の所在や取り方もはっきりとしています。

 

やはり、目的を目標化し、PDCAをしっかりやって、成果を確認することが大事だ。

 

そうすれば、成果の如何に関わらず、けじめがつき、反省をし、達成感・満足感・やりがいが生まれて来るのではないか。

 

一年に1つか2つで良いので、やりがいを味わいたいものです。

 

新年は、「反省はすれど後悔はなし」にしたいものです。